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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)11282号 判決

原告

坂根英夫

右訴訟代理人弁護士

谷口達吉

被告

平尾嘉平次

右訴訟代理人弁護士

藤上清

主文

被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年九月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告が被告所有の豊中市庄内西町二丁目二六番三〇号所在のアパートマサミ荘の管理人として右アパートの賃借人から集金した金二六万七五八八円を被告に引き渡す債務及び同債務の履行不能による損害賠償債務がいずれも存在しないことを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することがでできる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告が被告所有の豊中市庄内西町二丁目二六番三〇号所在のアパートマサミ荘(以下「本件アパート」という。)の管理人として本件アパートの賃借人から集金した金二六万七五八八円を被告に対し引き渡す債務及び同債務の履行不能による損害賠償債務がいずれも存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  第一項につき、仮執行宣言。

(被告)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一1  原告は、昭和六一年六月二四日から同年九月二日まで本件アパートの管理人として、被告に雇用された。

2  原告の賃金は、一箇月金一〇万円で、その支払時期は、毎翌月一〇日払の約であった。

二1  原告は、本件アパートの管理人として、昭和六一年七月三一日までに、本件アパートの賃借人から同年八月分の賃料等合計金二六万七五八八円(以下「本件賃料等」という。)を集金し、これを管理人室の机の引き出しに入れ、施錠して保管していた。

2(一)  ところが本件賃料等は、昭和六一年七月三一日午後四時ころ、原告が本件アパートの入居希望者と称する二人連れの男に本件アパートの説明等をするため管理人室を離れた一〇分程度の間に、何者かにより前記施錠を破壊され、盗まれた(以下「本件盗難」という。)。

(二)  原告は、本件盗難につき無過失であり、したがって被告に対する本件賃料等を引き渡す債務及び同債務の履行不能による損害賠償債務はいずれも不存在である。

3  しかし被告は、前記各債務が存在するとして争っている。

よって原告は被告に対し、雇用契約に基づき昭和六一年八月分の賃金一〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六一年九月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払並びに前記各債務の不存在の確認を求める。

(認否)

原告が、昭和六一年六月二四日から同年八月三一日まで本件アパートの管理人として、被告に雇用されたこと、原告の賃金の支払時期が、毎翌月一〇日払の約であったこと、原告が、本件アパートの管理人として、同年七月三一日までに、本件アパートの賃借人から本件賃料等を集金したこと、被告が、原告に、被告に対する本件賃料等を引き渡す債務及び同債務の履行不能による損害賠償債務が存在するとして争っていることは認めるが、原告が、同年九月一日から同月二日までも本件アパートの管理人として、被告に雇用されたこと、原告が、本件盗難につき無過失であり、したがって被告に対する本件賃料等を引き渡す債務及び同債務の履行不能による損害賠償債務はいずれも不存在であることは否認し、その余の請求原因事実は、原告の賃金が、一箇月金一〇万円の約であったことを除き、不知。

(抗弁)

原告と被告は、昭和六一年九月一一日、原告と被告とは相互に相手方に対し未払賃金の支払及び本件賃料等の引渡しを請求しないこと、原告は同月一八日限り被告に対し金一八万七〇〇〇円を支払うことを合意した。

よって被告は原告に対し、未払賃金の支払義務を負わない。

(認否)

抗弁事実は、すべて否認する。

第三証拠(略)

理由

一  まず請求原因事実につき判断する。

請求原因事実のうち、原告が、昭和六一年六月二四日から同年八月三一日まで本件アパートの管理人として、被告に雇用されたこと、原告の賃金の支払時期が、毎翌月一〇日払の約であったこと、原告が、本件アパートの管理人として、同年七月三一日までに、本件アパートの賃借人から本件賃料等を集金したこと、被告が、原告に、被告に対する本件賃料等を引き渡す債務及び同債務の履行不能による損害賠償債務が存在するとして争っていることは当事者間に争いがなく、原告の賃金が、一箇月金一〇万円の約であったことは被告が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

そして右争いのない事実並びに(証拠略)を総合すると、

1  原告は、昭和六一年六月二四日、本件アパート外六棟のアパート、マンション等を所有し、四人の管理人を常時雇用してその管理に当たらせている被告に雇用されたが、その職務は、本件アパートの管理人としてその管理業務をするほか本件アパートに隣接する同じく被告所有の賃貸マンション「ルクンポポロ」(以下「隣接マンション」という。)の清掃及び案内をすることであり、その賃金は、一箇月金一〇万円で、その支払時期は、毎翌月一〇日払の約であったこと、

2  原告は、被告から本件アパートの管理人として毎月末ころ本件アパートの賃借人から賃料等を集金しこれを翌月一日に被告に届けるよう指示されていたので、右集金した賃料等を(管理人室には金庫が設置されていなかったため)管理人室の原告所有のスチール製机の引き出しに入れ施錠して保管することとしていたが、昭和六一年七月三一日までに、本件賃料等を集金しこれを同年八月一日に被告に届けるため右引き出しに入れ施錠して保管していたこと、

3  ところで原告は、昭和六一年七月三一日午後四時ころ本件アパートの生ゴミの整理をしていたが、その際隣接マンションに入居することを検討していると称する二人連れの男が隣接マンションを見分しようとしていたことから、同人らに隣接マンションを案内しようとしたところ、内一名はこれに応じて原告とともに隣接マンションに入ったが、他の一名は所用があるとのことでこれに応じず隣接マンション内に入らなかったこと、

4  原告は、これまで管理人室外ではあるが本件アパート及び隣接マンションの区域内でその職務を行う際には、被告からの特段の指示もなかったことから、管理人室の鍵を掛けずに管理人室を出てこれをしていたが、前記の隣接マンションの案内に際しても右鍵は掛けなかったこと、

5  そして原告は、一〇分程度して管理人室に戻ったところ、本件盗難が発生したこと(なお原告の所持金約七〇〇〇円もその際に盗まれた。)及び前記机のそばに本件アパート備付けのバールが落ちていることを発見し、直ちに警察に届け出たこと、

6  原告と被告は、昭和六一年八月三一日以降にその雇用契約を合意解約し、原告は、そのころまで本件アパート及び隣接マンションで勤務したこと、

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして右の事実によれば、本件盗難は、前記隣接マンション内に入らなかった男が管理人室に侵入しバールを使用して机の引き出しの施錠を破壊し本件賃料等を盗んだものと推認されるが、本件盗難については、原告が管理人室に鍵を掛けていれば、これを防ぎえたかもしれないが、そもそも被告は、事前に原告に対し鍵を掛けることを具体的に指示していなかったこと、また集金した賃料等を翌月一日まで保管することを許容していながら管理人室に金庫を設置していなかったことが認められるものであり、したがってこのような場合、本件盗難につき原告に過失があったと解するのは相当ではなく、原告は、本件盗難につき無過失であったと解するのが相当である。そしてこのような原告は、民法四一九条二項但書にかかわらず、金銭の回収を委任された受任者が回収した金銭につき盗難に遭った場合と同様、被告に対する本件賃料等を引き渡す債務及び同債務の履行不能による損害賠償債務を負わないと解するのが相当である。

二  次に抗弁事実については、証人宇土忠男の証言及び被告本人尋問の結果中には右にそう部分があるが、これらは採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

かえって(証拠略)を総合すると、

1  原告は、昭和六一年八月一〇日ころ同年七月分の賃金の支払を受けた際に被告から、原告に対する賃金支払債務と原告の本件賃料等の引渡し債務とを相殺したい旨言われたこと、

2  その後も原告は、被告から、同旨を言われたこともあったが、これを承諾してはいなかったこと、

3  そして原告は、昭和六一年九月一一日、訴外宇土忠男が同席している際にも被告から、同旨を言われ、原告が同月一九日限り被告に対し本件賃料等と未払賃金(同年八月分を金八万円と評価する。)の差額概算金一八万七〇〇〇円を支払って一切解決としたい旨提案されたが、これを承諾しなかったこと、

4  なお昭和六一年九月一一日の交渉については、被告側としてはこれにより合意が成立したものとして訴外宇土忠男が帳簿(〈証拠略〉)にその旨の記載をしたが、原告は前記のとおり承諾しなかったものでしたがって念書等の債務を確認する書類も作成されなかったこと、

以上の事実が認められ、証人宇土忠男の証言及び原告、被告の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして右の事実によれば、原告の賃金債権は相殺を禁止された債権であるところ、右のとおり原告と被告との間には、結局相殺契約は成立しなかったものであり、したがって抗弁事実は認められないものである。

三  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、主文記載の限度で(前記のとおり原告の賃金は、毎翌月一〇日に支払われるのであるから、昭和六一年八月分の賃金の弁済期は昭和六一年九月一〇日である。)理由があるのでこれを認容することとし、その余は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北澤章功)

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